東京地方裁判所 昭和40年(ワ)5834号 判決 1966年7月22日
原告 森木美代子
被告 古谷浩二
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、被告は原告に対し金四十万円及びこれに対する昭和四十年四月一日以降右完済に至るまでの年一割八分の割合による金員を支払ふべし、訴訟費用は被告の負担とするとの旨の判決及仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
一、原告は訴外早川一男に対し利息は何れも月四分、毎月五日支払の約で左の通り金員を貸付け、被告はその都度右訴外人の為に保証をした。
貸付目録<省略>
然るに訴外早川は右貸金に対する各貸付の日から昭和四十年三月三十一日までの利息及遅延損害金を支払っただけで各貸付元金及これに対する同年四月一日以降の遅延損害金の支払をしない。よって保証人である被告に対し右貸付元金合計金四十万円及これに対する昭和四十年四月一日以降右完済に至るまでの年一割八分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二、仮に被告が右訴外早川の債務について自ら保証をしたのでないとしても、被告は昭和三十七年十一、二月頃早川が訴外東京労働金庫から金員を借受けるに当り早川の為保証人となることを承諾し、同人に対し右金庫との間に保証契約を締結すること及被告に代って保証契約書に記名捺印することについて代理権を与へ、早川に対して自己の実印を渡していた。而して早川は前項記載の通り原告から金員を借受けるに当り被告の代理人として原告との間に保証契約を締結したものであって、原告は、
(1) 昭和三十七年十一、二月頃被告と早川は隣合せに居住していたこと。
(2) 被告の姉が早川の妻となっていたこと。
(3) 原告はかつて近隣に居住していた関係上被告を幼少の時から知っていたこと。
(4) 被告と早川とは同一系列の会社に勤務していること。
(5) 原告が前項記載以外の早川に対する貸金債権の取立の為昭和三十七年六月以降時々早川方を訪れた際にも被告からは本件保証契約について何等の異議を述べられたこともなく、また早川からも被告が本件保証契約については関知しないものである旨の説明を受けたことがなかったこと。
(6) 原告は前記の通り早川が東京労働金庫から金員を借受けに当り同人に対し右金員との間に保証契約を締結するについての代理権を授与し、自己の実印を貸与へて借用証書に保証人としての記名捺印をする権限を与へていること。
等の事由によって、早川が被告を代理して原告との間に本件の保証契約を締結する権限を有すると信ずるについて正当の事由があったものである。また仮に被告が東京労働金庫との間の保証契約の締結について早川に与へた代理権が本件の保証契約がなされる当時に消滅していたとしても、原告は右代理権消滅の事実を知らなかったものである。従って被告は民法第百十条又は第百十二条の規定によって保証人としての責任を負ふべきものである。
<省略>
被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、
訴外早川が原告からその主張のやうに金員を借受けたことは不知、被告が訴外早川の借受金債務について原告に対し保証をしたことは否認する。原告の表見代理に関する主張はこれを争ふ、原告主張にかかる東京労働金庫との間の貸借が行われたのは昭和三十八年四月三十日であって、原告主張にかかる本件保証契約の日時以後のことである。
と述べ、証拠として<以下省略>。
理由
証人早川一男の証言並に原告及被告各尋問の結果(但被告尋問の結果中後記措信しない部分を除く)を綜合すれば、訴外早川一男が原告主張の日にその主張の金員をその主張の約旨のもとに借受けたこと、早川は右の通り原告から金員を借受けるに先って訴外東京労働金庫から金員を借受けたことがあり、その際、被告が早川の為に右金庫に対し連帯保証人となることを承諾し、契約書作成のために自己の実印を早川に預けたが、早川は契約書作成後も右実印を被告に返還せずこれを手許に保管していたところ、原告から前記の通り金員を借受けるに当って保証人を立てることを要求されたので、甲第二乃至第三号証の借用証書を作成する為これらの証書の保証人欄に被告の氏名を自ら記載しその下に右実印を押捺した上右貸金を原告に差入れたこと、然るに被告は早川の原告に対する前記借受金債務について保証人となることを承諾したことはなく、また早川が被告の実印を使用して右の借用証書に被告のために記名捺印をすることを承諾した事実もないことを認めることができる。<省略>
よって原告の表見代理に関する主張について按ずるに、原告尋問の結果に本件弁論の経過を併せ考へれば、原告はかつて被告と住居が近かった為被告を知っていたのであるが、訴外早川が甲第二乃至第四号証の借用証書の原告名下の印影は被告の実印を押捺したもので義弟である被告が保証人になると言ふので、右早川の言を信頼して同人から右証書の交付を受け、同人に対し先に認定したやうな金員の貸付をするに至ったものであって、その際被告本人についてその意思を確めるとか、印鑑証明書の交付を求める等の措置を講じた事実はないこと、また原告は早川に対し右貸付をした当時、被告が早川の東京労働金庫からの前記の借受金債務について連滞保証をするに当り金庫との間の保証契約の締結について早川に代理権を与へたことがあることなどはまだこれを知らず、本件訴訟における証拠調の結果始めて右のやうな事実があったことを知るに至ったものであることを窺ふに難くない。
してみれば原告はかつて近隣に居住していた関係上被告を知っており、また被告が訴外早川の義弟であることから借用証書の被告名下の印は被告の実印を押捺したものである旨の訴外早川の言を単純に信頼し、被告が真実に保証をしたものと誤信したに過ぎないものと認める外はなく、右のやうな事情の下では未だもって被告が訴外早川に被告を代理して原告との間に保証契約を締結する権限があったと信ずるについて正当の事由があったものとすることはできないものと謂はなければならない。
次に民法第百十二条の規定は、代理人と何等かの取引をした者が代理権消滅の事実を知らずなほ代理権あるものと信じて重ねて取引をしたやうな場合に適用があるのであって、少くとも取引の当事者たる相手方が代理人がはじめ代理権を有していた事実を知っていたことを要するものと解すべきところ、先に認定したように原告は訴外早川に対する前記金員貸付当時同訴外人が先に被告の代理人として東京労働金庫との間に連帯保証契約を締結する権限を与へられていたことなどは全く知らなかったのであるから、前記民法の規定の適用に関する原告の主張はその前提要件を欠き、これまた採用の限りではない。
<以下省略>。